中小企業と大企業の規模間格差の現状と中小企業経営の今日的課題についての分析

京大公共政策大学院・NPO研究会の労作によせて

滋賀県中小企業家同友会では、2014年6月から約10か月間、京都大学公共政策大学院・NPO研究会の皆さんと、「中小企業の果たす社会的役割」について議論・研究をして来ました。今回その一部をまとめていただきましたので、ここに紹介いたします。 その第一弾である、徳永氏の労作では、大企業との比較で相対的に低下を続ける経営環境に苦しみながらも、多くの中小企業が「人々が主体的に活動できる場」であり「コミュニティを維持して行く上で」の重要な役割を担っている事を説き、同友会の取り組みに積極的な評価をいただいています。ぜひご一読下さい。

中小企業と大企業の規模間格差の現状と中小企業経営の今日的課題についての分析

京都大学公共政策大学院2回生

NPO研究会所属

徳永光佑

要旨

本論文では、中小企業と大企業の規模間格差が1970年代以降、再び拡大してきたことを確認する。そのうえで、中小企業経営の今日的な課題として、先進国経済のソフト化と経済のグローバル化への対応のためには、減衰した人的資本を再形成・蓄積・高度化していくことが必要であると主張する。それを達成するための一つの方策として、滋賀県中小企業家同友会の取り組みについて分析し、その利点を確認するとともに、課題についても指摘する。

第1節 中小企業研究における規模間格差の扱い

第2次安倍政権において展開されている一群の経済政策、いわゆるアベノミクスの下でいくつかの成果がでている。首相官邸のホームページをみると 、「株価 政権発足後+84%」、「有効求人倍率 引き続き高水準」、「賃金引き上げ 平均月額:過去15年で最高水準」などの景気のよい言葉が並んでいる。他方で、新聞報道などでも、その効果が社会全体に浸透しているかについて懐疑的な見方が提示されている 。中小企業、地方、不安定就労者、発展途上国などに経済成長の果実が適切に分配されるか、これが今日の経済政策の最重要の課題の一つであることは間違いがないし、市民の中でもそのような問題意識が浸透している。以上のような問題は、幾分の曖昧さを持ってであるが、格差という言葉で表現されている。  中小企業はながらくこの格差が現象する場であると考えられ、経済政策の最重要の客体であった。前 --------------------------------------------------------------------- http://www.kantei.go.jp/jp/headline/seichosenryaku/sanbonnoya.html 「問題はそうした賃上げの流れをいかに広げるかだ。中小企業の従業員は雇用者全体の約7割を占める。その賃金上昇が重要となる」2015年1月31日Web版日本経済新聞社説  http://www.nikkei.com/article/DGXKZO82634390R30C15A1EA1000/ --------------------------------------------------------------------- 田正名の「工業與見」以降、日本においては、相対的に規模の小さな企業群(「小工業」「中小工業」「中小企業」)は問題性をはらんだ経済主体であると考えられてきた。山中篤太郎は、中小工業が日本経済の後進性が規模の経済の十分に実現されていない点にあると指摘し、その「不合理性」が中小工業の「隷属性」として現象していると主張した 。この「隷属性」は下請け関係において現れ、またその原因ないし結果として、大企業に対する中小工業の生産性の低さ、平均賃金の低さが指摘されてきた。この問題意識は、「二重構造論」という枠組みの下で政策レベルにも浸透した。そして、「二重構造」の解消はながらく経済政策の最重要課題のひとつであった。ところで、瀧澤菊太郎は、このような分析のあり方を「格差問題型中小企業認識論」と名付けている。彼は、中小企業の問題性に着目する分析のあり方を総じて「問題型中小企業認識論」と名付け、他に「淘汰問題型中小企業認識論」「残存問題型中小企業認識論」を挙げている 。  しかし、1960年代になると末松玄六が中小企業問題を「成長の問題」として考えるべきだと主張して以降、中小企業は単に収奪される存在として考えられるべきではなく、その積極的な面もまた注目されるべきだとの議論が表れ始めた 。中村秀一郎の「中堅企業」論、清成忠男らの「ベンチャー企業」論などがその典型である。上述の瀧澤菊太郎はこれら中小企業に対して積極的な見方を、「貢献型中小企業認識論」の名の下、次の4つに整理している。①開発貢献型中小企業認識論、②需要貢献型中小企業認識論、③競争貢献型中小企業認識論、④苗床貢献型中小企業認識論の4つである。  1999年には、これら「貢献型中小企業認識論」を反映した形で、新中小企業基本法が制定された。新中小企業基本法では、中小企業は搾取されるばかりの存在としてではなく、「中小企業については、多様な事業の分野において特色ある事業活動を行い、多様な就業の機会を提供し、個人がその能力を発揮しつつ事業を行う機会を提供することにより我が国の経済の基盤を形成しているもの」(3条)とみなされるようになった。  ただ、「貢献型中小企業認識論」の以上のように展開してきたにもかかわらず、中小企業という組織群がある問題性を抱えているという問題意識は完全になくなったわけではない。黒瀬直宏は、中小企業は問題性と積極性の両面を備えたものであると考えるべきであると主張し、「発展性と問題性の統一物」と ------------------------------------------------------------------------ 山中(1948) 瀧澤(1996) 以上の展開については瀧澤(1996)に詳しい。 -------------------------------------------------------------------------- しての中小企業像を提示している 。

第2節 現在の政策課題としての中小企業問題

今日、中小企業には実に様々な期待が投げかけられている。  マイケル・ポーターが提唱し、以降研究が進められてきた「クラスター」という企業の集積は、その重要なアクターとして明らかに中小企業を想定している。また、産業組織論の研究において、企業の生産体制のグローバルな展開にもかかわらず、中小企業は国の競争優位を維持するための技術を有した重要なアクターであると考えられている 。また、以上のような生産を行う上での付加価値性という点にばかり光が当てられているわけではない。中小企業は、その小規模性ゆえにそこで働く人々が主体的に活動できる場であるといえる 。また、中小企業は、その立地する地域がコミュニティを維持していくうえで重要な役割を担えることも指摘されている 。  これらは、中小企業の積極性に着目した議論であると考えられる。しかし上述のように、中小企業は「発展性と問題性の統一物」であり、中小企業が担いうる多様な役割を考えるときには、そのような役割を担うには中小企業が抱えるその独特の「問題性」を克服せねばならないことを忘れてはならない。中小企業が抱える「問題性」にはどのようなものがあるだろうか?資金調達における不利、労働市場において人気のないこと、国際的に展開する大企業の需要への隷属性など様々な問題が考えられる。またこれらの問題は時々の一国経済ないし世界経済のあり様を反映したものとなるし、ある経済圏の発展段階に対応した独特の問題もある。これらの問題を整理し、その中からもっとも今の日本経済にとって重大な問題を同定することは、現在の私の能力を越えているのでかなわない。  今日、中小企業論においては規模間格差の問題はあまり論じられなくなっているように思われる。もはや「二重構造」は問題としてあげられることはない。しかし、中小企業経営者らの間にもそのような考えが浸透しているかというとそうは見えない。中小企業経営者らには、中小企業の発展性を認めながらも、やはりそこには大企業や都市の成長企業とその他の中小企業の間には何らかの壁があり、格差が ----------------------------------------------------------- 黒瀬(2006) 関(1993)、など。 黒瀬(2006) 岡田(2013) --------------------------------------------------------- あるという見方が一般的ではないか。少なくとも、メディアなどの報道ではしばしばそのような見方が表れている。そこで、私はまず中小企業と大企業の規模間格差という問題について、統計データを使い再び光を当ててみようと思う。

第3節 中小企業と大企業の規模間格差の現在

中小企業と大企業の規模間格差は前述のように、「工業與見」以降ながらく研究対象となってきた。統計データを使った総合的な分析として特に重要な研究は、瀧澤菊太郎の『日本工業の構造分析:日本中小企業の一研究』 があげられる。ここでは工業統計などのデータを使い、生産性や平均賃金などの規模間格差の推移を戦前から1950年代に至るまで分析している。その際、日本における規模間格差がアメリカやイギリスなどのそれと比べて、その格差が大きいという認識の下で分析が行われている。  より現在に近い分析としては、髙田亮爾の3つの著作『現代中小企業の構造分析』『現代中小企業の経済分析』『現代中小企業の経済分析』があげられる 。以下、『経済分析』と『動態分析』の2つの著作の主張を、掲載されている統計データも示しながら詳しく紹介する。この2つの著作は、「法人企業統計」や「工業統計表」などの統計データにある企業の経営指標について規模間格差を確認するのみならず、それについて企業の経営行動が規模間で相違することを確認し、行動における相違がどのような違いを規模間で発生させたのかを詳細に分析している点で秀逸である。ただし、瀧澤のように国ごとの比較という視座を立てていないために、結果として生じた格差がどのような意味で問題なのかが曖昧である点で問題がある。この問題点については、私の観点から詳しい説明を付す。 ①経営指標からみた規模間格差の推移  髙田氏は、各規模において経営指標の推移とその規模間格差を分析したうえで次の3つの指摘を行っている。 ①「1976(昭和51)年度以降の売上高経常利益率において、大企業は中小企業を上回って推移しており、両者の格差は拡大ないし定着傾向に推移している」。 ------------------------------------------------------------ 瀧澤(1966) 髙田(1989)(2003)(2012) --------------------------------------------------------- ②「①1985(昭和60)~86(昭和61)年度ごろから、大企業における売上高営業利益率と売上高経常利益率にほとんど差がなくなりはじめたこと、②他方、中小企業では95(平成7)年度ごろまで依然として両指標間に一定の差がみられたのち、96(平成8)年度以降は大企業とほぼ同様の動きとなっている」。 ③「従業員1人当たり経常利益額において、大企業=100.0とした指数をみると、大企業、中小企業の格差は1975(昭和50)年度に69.2と縮小したものの、その後は拡大ないし定着傾向にあり、平成景気時を中心に89(平成1)~92(平成4)年度においても25.0 ~28.1程度にとどまっている」。  上の分析を裏付ける統計データは図表1、2、3のとおりである 。

このページの先頭へ