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福岡全研に参加しました。

2月14,15日に開催された全国経営研究集会(全研)に参加して来ました。私は第4分科会に参加しました。報告者は日本ベルト工業の藤原社長(静岡)でした。
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27歳で思うところがあって旭化成を退職し、故郷の沼津に帰ってゴム事業で独立起業されます。当初は新婚間もない奥さんと荷造り用のチューブバンドを作る内職仕事で何とかやっておられましたが、社員を1人雇用した事で、本来のゴムベルトの仕事に専念しようとされます。

しかし工場ラインの修理やメンテナンスの仕事は24時間、いつでも対応する必要があり下請け・孫受けのため給料も安く顧客大企業との差にいつも悲哀を感じられる毎日でした。

一方、そのような人のやりたがらない仕事は、幸いにも多忙を極め人も増えますが、退職も多く、当時の写真を拝見するとリーゼントのツッパリ風の社員が眼光鋭くこちらをにらんでいるような社風だったようです。中にはサラ金に手を出す社員もいたとか。

藤原社長は愛情と、持ち前の職人的気質から「愛のムチ」と考えて社員に手を挙げることもあったそうですが、社員から「社長はすぐ殴るから、嫌いだ」と言われて大いに反省されます。

そのような時に新しくできた工業団地への移転の誘いが舞い込みます。バブル景気の入り口とは言え年商7000万の時に2億4000万円もの借金をして、デザイナーに依頼してお洒落な外観の新工場を建設したのも、社員に誇りを持って欲しいという一念だったそうです。

またその後に同友会にも入会されますが、当初は仕事が忙しく、入会したことすら社員に言えない状況だったとか。そのような中で支部長に選ばれ4年間、その重責を務めた事で藤原社長の経営に対する考え方が大きく変わります。

いくら立派な社屋を建てても社員は「絵に描いたモチ」は見破るもの。ここから「経営指針」の成文化に取り組まれます。

しかし作成した当初は社員に見せることも出来ず、2年目にはちょこっと見せますが、数字もでたらめで独りよがりの指針書だったと話されます。やっと3~4年目から発表会を実施出来るようになり16年経った今では、社長の指針に基づいて各部門が自主的に部門の計画を作成するようになりました。

当初の2年間は毎月土曜日の一日を社員教育にあて、同友会から紹介を受けた大学の先生に多面的な講義を依頼されます。

またご自身も社員からの声で朝5時出社や、全員へのメール、掃除、経理公開、障害者雇用などを進められ経営者としての姿勢を大きく変えられます。

3年前には次男が後継者として入社され、若い社員とスムーズにコミュニケーションをしながら成長してきてくれているのを感じる昨今とのこと。

最後に話下手?な社長に変わって女性社員の方が作られた説明用の動画を見せていただき、それぞれが自分の得意分野で会社を支えようとする微笑ましい社風を感じさせていただきました。今回の藤原社長のお話を聞いて学んだ事は

①経営者は同友会理念に沿ってまず自らの姿勢を変え、10年20年とそれを継続することで初めて社員や会社は変わってくること。
②「理念」は単なる言葉だけではなく、経営者の日々の行動を通じて示していくのでなければ社内に浸透していかないこと。
③社員の悪いところをあげつらうのではなく、良いところを認め、人間として受け入れる事が大切な事などです。今後の我が社の経営に活かして行きたいと思います。
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G討論でも、自給670円のパートから手を挙げて経営を引き受けた女性社長、リストラを経験して、二度とこのような苦しみを社員に味合わせたくないと次期経営者に立候補した部長、20年以上に渡って営々と人間尊重経営を実践されている社長など、たいへん素晴らしいリーダーのお話が聞けてとても有意義でした。あらためて「同友会理念」「労使見解」の奥深さを実感できた全研でした。(M)
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