滋賀でいちばん大切にしたい会社

上場の栄誉より、社員を大切にする会社
新江州株式会社

《2009年度認定企業 2010年 5月13日第32回定時総会にて認定》

滋賀県長浜市川道町759-3(びわ工業団地内)

「株式上場」を目前にして

新江州株式会社画像

滋賀県長浜市にある「新江州株式会社」は、今や押しも押されもしない、滋賀県の優良企業の一つです。

資本金2億900万円、従業員130人を擁し、総売り上げも100億円を超え、(グループ企業含む)段ボール製造、包装資材製造、建築養生材製造、デザイン制作、マルチメディア事業などを多彩な事業を手がける複合企業です。

実はこの会社には有名な逸話があります。同社の事業が順調に成長し、金融機関や証券会社が「株式上場」を持ちかけてきたときのことです。新しい事業の展開を進めていた同社にとって、株式上場は資金調達のために願っても無い話でした。事業規模や、財務力からみても「株式上場」は順調に進むものと思われました。

事実、森建司社長(当時・現会長)は、近隣や知り合いの多くの企業を訪問し、株式上場の準備をしている事を説明。新規株式を持ってもらえるように働きかけ、多くの企業の賛同・協力を得ていました。

証券会社の3年にもおよぶ指導と、上場に向けて社員のモチベーションも上がったこともあり、上場に向けての100項目にも及ぶ作業項目も、着々と進んで最終盤に来た頃です。期末決算の予測を立てていた中で、「さて今期のボーナスはどうしよう?」という問題が持ち上がりました。

株式上場を目指して、かなり高い利益目標を出していたため、残念ながらそれには少し届かない予測でしたが、普段であれば何の問題もない利益の予想でした。「社員みんなが頑張ってくれて、今期もキチンと利益が出せそうだ。社員にもそれに見合ったボーナスを出そう」森社長はそう決めて、担当部署にそのように指示をします。

ところがです。それを知った、上場指導に来ている証券会社が「待った」をかけたのです。株式上場に際しては「社長への教育」が実は、多くの時間を割いて行なわれるそうです。「上場するとはどう言う事か?」「経営者の役割とは何か?」。株式を上場公開すると言う事は、その会社の収益力、将来性を評価した投資家から、お金を預かり、それに配当という利益を載せてお返しする責任を負うということです。そして、何より魅力的なのは、ある意味ただの紙切れに過ぎない、自社の「株券」が一夜にして、日本銀行券に代わるということでもあります。株式公開を果たしたオーナーは、そのことにより巨額の利得を得ることができます。なぜならほとんどの場合、オーナー経営者が上場前の株式の大半を保有しているからです。ひところ証券会社や銀行が、盛んに株式の上場を勧めたのは、この上場利得の分け前に預かるためでした。無事、対象企業を上場させれば何億、何十億というお金を報酬として得ることが出来るのです。

しかし、良い事ばかりではありません。投資家も当然、自分の金銭的利益を求めて公開株を購入します。その会社が今後、順調に売り上げ、利益を伸ばし、自分が購入した株に多額の配当が付く、あるいは一定期間後に売却して値上がり分の利得を得る目的で購入する場合がほとんどです。

極希に、その企業を応援したい、その企業が好きだからと言う購入理由もなくはないかもしれませんが、主流では決してないでしょう。上場させた企業の経営者が、そこのところを良く理解せず、不十分な経営成績しか残せなければ支援した証券会社は、その会社の株式を購入した投資家から非難され、最悪の場合は訴えられたりもします。しかし、新たに上場しようとするオーナー経営者は、多くの場合そのような“常識”は持ち合わせていません。したがって上場サポートの中で、多くの時間と労力を「経営者教育」に割くわけです。

さて、新江州の場合。前述のボーナス議論を聞き及んだ証券会社は、「森社長、こまりますね。約束された今期の利益計画を達成しておられれば、一向に構いません。しかし、目標未達成にも係わらず、投資家をさておいて、社員にボーナスを出すとはどういうことでしょう?ボーナスを半減されたらどうでしょう。」とかなり辛らつに迫ってきます。しかし、森社長も一歩も引きません。「そんなことを言われても困る。社員ががんばったから、この厳しい中でもキチンと利益が出せるのだ。上場するのも社員の苦労に少しでも報いたいがためだ。まず社員にはキチンと報いるのが経営者の務めだと思う」。実は森社長が、このように社員の事を考えるのには理由があります。

森少年の悩み

森社長(当時・現会長)は、新江州の創業者・森嘉七の元に養子として森家に入ってきました。

森嘉七は、終戦間もない1947年に長浜の地で、和洋紙販売を目的として、新江州の前身である「江州紙業有限会社」を設立しました。嘉七はロマンに富んだ事業家で、戦後の混乱の中、手広く商売を広げました。いわゆる“近江商人”の資質を備えた優れた商人であったようです。

その嘉七の元へ養子に入った森少年には、大きな悩みがありました。なぜか物心付いた頃から吃音障害があったのです。今でこそ、年間に多くの講演をこなし、優しい語り口で人徳を感じさせるお話をされる森氏ですが、その頃は人前で話すこともおぼつかず、江州紙業の跡取り候補として来はしたものの、とても勤まりそうもない不安に悶々としていたと言います。

ある夜、布団に入り眠りに付こうとしていた森少年の耳に、隣室で話す、養父母の声が聞こえてきました。「建司の吃音には困ったものだねえ。あの調子では跡取りどころか、仕事も出来はしないでしょう。どうしたら良いかしら・・」という養母に対し、嘉七は強い調子でたしなめます。「お前はいらん事言わんでええ。そんな事はこの俺が決める」。養父の威厳に満ちた態度と、自分をなおかばってくれる姿勢に森少年は布団の中で熱くこみ上げるものを抑え切れなかったと言います。

このような養父の姿勢に発奮した、森少年は当時、全国に幾つかあった「吃音矯正教室」に熱心に通い、大変な努力を重ねてやがてそれを克服していきます。後日談になりますが、その経験を踏まえて「吃音矯正講師」となり、全国を巡回するほか、1996年には「吃音が直る~吃音矯正で人生観を変える」という本を著すまでになりました。誠にその熱意と努力はなみなみならぬものがあったと言えます。幼少時代のこのような苦難の経験が、森氏をして今日の、人を大切にする経営のバックボーンにあることを感じさせるエピソードではないでしょうか。

厳しい“商売”に学ぶ

その後も「江州紙業」は順調に発展を続けます。

1966年、森嘉七の後を受けた、中川菅雄氏が社長に就任し、森氏は、営業を任されることになります。しかし、ここで商売の難しさ、商売というものの持つもう一面の“汚さ”に愕然とします。例えば、顧客の注文により髪箱を10000枚納品したとします。一月ほどたって、集金に行くと「あれ、こないだの紙箱なあ、8000枚しかなかったで。そやからハイ2000枚引いた小切手持って帰ってんか」「そんなはずはありません。キチンと計数して梱包、納品しているので間違う事はないはずです。確認させて欲しい。」と食い下がっても、すでに件(くだん)の紙箱はすべて使用された後。確認のしようもありません。あまりに理不尽なやり方に腹が立つやら、口惜しいやらで森氏は言いようのない感情に囚われました。

たしかに、今でこそ「三方よし」=「近江商人」「近江商法」と言われ、滋賀県の先達が大きな尊敬の対象になっていますが、一方では、だましあいのような厳しい現実があったのも事実のようです。今日でも決して「お客さんは絶対」と考えず、むしろ「お客様とも共に育っていく」と言う信念を持つ、森会長の原点はこのような、辛い体験に裏打ちされているのです。

人のご縁で「多角化」への挑戦

「お客様に選ばれる事も大切、お客様を選ぶ事も大切」と語る森会長の、真面目で正直さを貫く姿勢は、徐々に顧客にも受け入れられ、その後の順調な業績の発展となって現れます。

そして1987年、森氏は3代目社長に就任します。

伸び盛りの経営者として、何とか100億の売り上げを達成したいと思った森社長(当時)は、本業の包装材事業だけでは難しいと考え、多角化戦略に打って出ます。情報部門、デザイン部門、住宅養生資材の開発など、様々な事業に挑戦して行きます。その特徴は、手広く交流を広げる中で出会った人と人とのつながりを大切にし、その人の能力・情熱を見極めた上で全幅の信頼をおいて支援するという手法です。

しかし、新しい事業がそう簡単に実を結ばない事も事実。「経営者にはロマン派と、マネジメント派があります。父(森嘉七)は、大変ロマンを大切にする人だったようで事業を拡大しすぎるくらいに拡大しました。2代目の中川社長はマネジメント能力に優れた人。新江州の今日の土台を作ってくれました。そして3代目の私がロマン派。4代目の草野社長がまたマネジメント派と言う事で、当社は上手く行っているのではないでしょうか」と屈託なく笑われます。しかし、そのような森社長(当時)の、新事業への取り組みの中で、現在事業の柱の一つになっている住宅資材部門への足がかりが出来たのも事実との事。また、長浜にあって全国にそのユニークさと先進性で名を馳せている、「長浜バイオ大学」が誕生しましたが、それに関連したバイオクラスター形成のインキュベーション施設の開設や、こちらも、滋賀県発の環境情報発信と環境ビジネスの発展の一大イベントとして全国的に有名になった「長浜環境ビジネスメッセ」の発足にも大きな貢献をされました。

森会長は様々な事業に挑戦する時も、人と人の縁を大切にし、出来る人に任せるスタイルを崩しませんでした。それは、ご自身の幼少の頃の障害を負った苦しみ、それを乗り越えた強さ、そして商売の中で学んだ、人と人が正直に、真面目に向き合う事を大切にする考え方からきているのだと思います。

「あの頃は楽しかった」

やがて、森社長の「人を大切にする経営」にとって運命的なことが起こります。

それはおなじ長浜で、出資をしていた家具製造会社が、時代の変化に対応できず経営不振に陥り、赤字経営で、職人さんにボーナスが支払えない事態が続いた事があったようです。その会社を新江州が引き受け系列会社にして、ボーナスを復活し支給した時に、社員に聞かれたようです。「どうや。新江州のグループになってよかったやろ」すると社員は「それは、ありがたいです。でも、ボーナスはもらえなかったけど、前の社長と一緒に仕事していた、あの頃も楽しかったです。今でも忘れられません」。その言葉に同調する社員が何人もいたそうです。

この社員達の言葉は、森社長にとって予想外のものでした。「いったい人は何のために働くのやろ。金だけではないのか?」「たぶん意気に感じて働くということだったんだろうと思います」森会長はそう述懐されますが、「働く」と言う事について真剣に考えるきっかけだったと言われます。「こういう社員を育てたい。こういう社員が働く会社にしたい」森会長はその時、真剣にそう思われたそうです。

環境倫理の伝道者に

その後、新江州の新規事業への取り組みは大きく様相を変えて行きます。「よい社員が育ち、よいお客様にご贔屓にしていただける会社にするためには、例えば『よい芝のある牧場』のような会社にする必要がある」と考える森会長。そのために、なんと、「MOH通信」と名づけた循環型社会の実現を目指す啓蒙雑誌を創刊してしまいます。

「もったいない・おかげさま・ほどほどに」と言う環境問題に関する倫理観を表すMOH通信は現在6000部を季刊発行し、中途半端ではない環境に関する情報の提供や、識者による本音の意見発表の場として異彩を放っています。「エコ容器とか言いますが、一方で過剰な包装が好まれるのも事実。本当に地球環境を考えたら、私達の作る『包装材』はなくなるのが一番という結論に落ち着く。たとえば私達の会社は『毎日訪問毎日配達』を目指しています。そうする事によって客先の在庫を減らす事が出来るからです。」「経済至上主義が生んだ大量生産による低価格と大量消費のシステムは、『三方よし』と言えるでしょうか。人を幸せにするために経済はあるはずです。ところが今や経済のために人が存在するような社会になっています。今の時代を生きる企業としては、来るべき理想社会を描き、そこに貢献する仕事をしなければならないと考えています。お金を儲けるためではなく、人の幸せづくり、個人のこころざしの実現に向けた経営哲学をもてば、必ず21世紀の方向性が見えてくると思います。」

その言葉を実証するように、新江州は次から次へと、環境意識の啓蒙のための具体的な取り組みを始めます。

本社社屋内に、環境負担の少ない素材を一同に集めて展示し、顧客の包装設計に対する情報発信基地とするために「情報館eプラザ」を開設します。また、エコ包装の民間評価基準を定めて、第三者認証をする「エコ容器包装協会」の設立にも取り組みました。MOH通信の発行母体として「循環型社会システム研究所」を立ち上げました。森会長の「人を想い、地球環境を想う」気持ちの誠実さと、真剣さが、その精力的な行動を通じて長浜に、滋賀県に、さらに日本や世界全体に伝わっていく日もそう遠くないと感じました。

名峰・伊吹山に見る、新江州の心

さて、冒頭の新江州上場に向けた話の続きです。

上場を支援する証券会社にボーナスの支給見直しを求められた森社長は、微動だにせずこれを拒否します。「上場というのはこういうことなんだと驚いた。私自身は人の道としてやるべきではないと言う思いがしたんです。」淡々と語る森会長ですが、実際にはこの決意のために、これまで株式の引き受けをお願いした会社に、もう一度頭を下げて回らなければなりませんでした。上場計画を取りやめた事、発行株式の引き受けを受諾してもらったお礼、そして決して業績が悪くて上場を取りやめたのではない事、自分自身の経営や社員に対する考え方、今後も引き続き取引や交流を継続していただきたいことなどを、説明して回りました。そして新江州は、株主に公開された上場企業という道を捨て、社員を始めとした人々に開かれた会社、人々のために有る会社として再び力強く歩み始めています。

長浜市にある、新江州株式会社・本社の正門に立つと真正面に、名峰・伊吹山の威容が何さえぎるものもなく望むことが出来ます。冬季には雪を頂いた頂上に雲が巻き、なかなかの壮観です。この正門を毎日出退勤する、新江州の人達は伊吹山を通して「自分達の目指すべき、何か大切なもの」の存在や、「目先の些細な事には目を曇らせない」心が養われるのかも知れません。新江州株式会社の「人間尊重の経営」の秘密は実はこんなところにあるのかも知れないなと、思いながら長浜市を後にしました。

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