
2026年6月18日 18時15分より、湖南支部6
月例会が開催されました。報告者は、永井茂一 氏(株式会社ピアライフ 代表取締役/滋賀同友会 幹事・元代表理事)、「誰もが主役になれる会社を目指して 〜同友会での学びと「人を生かす経営」の実践〜」をテーマに報告いただきました。

かつて「社長の皆さん一人で悩んでいませんか」という一枚のチラシをきっかけに、平成6年に同友会へと入会した永井氏。入会当初は「経営とはお金儲けだ」と考え、夜な夜な繁華街へ繰り出し、仕入れの寝坊を繰り返すような“やんちゃな2代目”だったと当時を振り返ります。本報告では、永井氏が同友会での様々な役員経験や仲間との切磋琢磨を通じて、どのように自らの経営者としての意識を変革し、社員と共に育つ「良い会社」を築き上げてきたのか、その30年超にわたる実践の軌跡が語られました。
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1. 経営者としての無知への気づきと「ピアライフ」の始まり
29歳で実家を飛び出し、自らの無知さと能力の限界を知った永井氏は、滋賀県大津市の不動産会社(現在の株式会社ピアライフ)に社員として入社します。しかし、折しもバブル崩壊の荒波が押し寄せ、親会社が債務超過で倒産。子会社であった同社も赤字を抱える中、「一度社長をやってみたい」という強い想いから、永井氏は29歳で全ての債務を引き受けて代表取締役に就任しました。
当初は売上を追うあまり、社員の採用や育成を「お金(給与)」だけで縛り、社内では顧客の奪い合いや、時にモラルに反するようなグレーな営業手法が横行。「何のために、何を目指して経営するのか」という目的のない頑張りは、社員の離職と社内の不協和音を生む結果となりました。
2. 経営観を大きく変えた「障害者雇用例会」での学び
転機となったのは、大津支部で例会委員長を務めた際に企画した「障害者雇用」の例会でした。障害を抱える方々を雇用しながら素晴らしい経営を実践する企業の報告を目の当たりにした永井氏は、衝撃を受けます。
「目が見えない、耳が聞こえないという障害を持つ方がいなくても、自分は『うちの社員は出来が悪いから売上が上がらない』と人のせいにしていた。出来が悪いのは社員ではなく、社員の能力を引き出し、育てることができない自分自身だったのだ」
この気づきにより、永井氏は「人を大切にする経営」「人を育てる経営」へと大きく舵を切ることになります。
3. 「何のために働くのか」全社で目的をすり合わせる
同友会で「経営指針書」の作成を学び、富山同友会へも通い詰めながら指針経営の実践を深めていった永井氏。会社に理念を浸透させるため、1泊2日の全社合宿を企画し、「何のために働くのか」というテーマだけで徹底的に議論を交わしました。
「生活のため、お金のため」という個人的な欲求からスタートした社員たちが、議論を重ねる中で「仲間やお客様、地域社会の役に立ちたい」という究客の目的に気づき、互いの本音をぶつけ合うことで社内に強い信頼関係のベースが生まれました。
現在では、縦串の事業部だけでなく、横串の「委員会・プロジェクト制度」を導入。若いリーダーに権限を委譲し、社員が主体的に経営計画の策定から参画する仕組みを構築しています。
4. 人を生かす経営の究極:性善説に基づく信頼関係
永井氏は、社内で起きた「店頭の募金箱からお金がなくなる事件」を例に挙げました。監視カメラの設置などを提案する声もある中、永井氏は翌日、全社員を集めてこう告げました。
「困っている人がいるなら、この募金箱からお金を持っていってもらって構わない。それも誰かの役に立ったということ。でも、できれば全員が将来、お金を出す側(入れる側)の人間になってほしい」
社長が社員を信じ抜く姿勢を示した翌月から、募金箱のお金は逆に増え始めました。経営において商品や売上、お金も大事ですが、何よりも大切なのは「社員との信頼関係」であるという、論語の『信なくば立たず』に通じる一貫した姿勢が社内を大きく変えた瞬間でした。
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かつて「先頭のエンジン(社長)だけで引っ張る機関車」だったピアライフは、今や「全ての車両にモーターがつき、誰もが主役として輝く新幹線」のような全社一丸体制へと進化を遂げました。休日数の増加や有給消化率の向上、大幅なベースアップを実現しながら、過去最高の自己資本額を更新し続けています。
最後に永井氏は、「同友会は、学んだことを実践すれば、私のような落ちこぼれでも会社を変えられる最高の学びの場。私たち経営者が目指すべきは、誰もが幸せに暮らせる社会づくりであり、そのためにはまず、社員の幸せを描ける組織をつくることだ」と結び、報告を締めくくりました。