人間尊重経営についてのいくつかの考察
滋賀県中小企業家同友会第38期経営指針(経営理念・経営方針・経営計画)を創る会の第5講が2016年11月26日に(土)に行われ、宮川卓也さん(滋賀同友会副代表理事、宮川バネ工業(株)会長)より「労使見解を基に人間尊重経営を考える~人間尊重経営についてのいくつかの考察~」をテーマに問題提起が行われました。抽象的なイメージになりがちな人間尊重経営を、具体的にどう捉えるかを分かりやすく問題提起した内容ですので、概要ですがご紹介いたします。
経営指針書(経営理念+経営方針+経営計画)を作っても、会社経営の力にならない場合があります。その第一の理由は、「労使見解の精神」の不理解からだと言えます。
人間尊重の経営は手段?・目的?・信仰?
まず、人間尊重の経営について定義しましょう。「同友会運動の発展のために」(中同協発行、新版6ページ)には以下のように解説されています。
・社員の自主性・自発性を尊重し、自由な発言を保障して、個人の人間的で豊かな能力を引き出す社風を育てる
・経営指針に基づく全員参加型経営や自由闊達な意思疎通のできる社風を目指す。そのために民主的なルールを尊重し、平等な人間観の下で、創造力を発揮する民主的な社内環境を整備し、社員の能力の開花を目指します。
・労使がともに学びあい、育ちあい、高次元での団結、あてにしあてにされる関係を作り出すこと。社員にも社外での自主的活動(PTA,ボランティアなど)への参加を促し
一言で言うと「『労使見解』の精神に基づいて、経営者と社員が共に育ちあうことを目指す経営」だと言えます。
かつて(いまも?)同友会では「人間尊重の経営で飯が食えるか!?」と言う議論がありました。そのように問う人は、人間尊重の経営を「手段」として捉えているのでしょう。そうすると、経営指針書も「儲けるための手段」ということになります。
では、「目的」だとすると、どうなるでしょう。
例えば、経営が苦しく赤字になってきて「クビ切り」が頭に過ぎったとしましょう。労働法では30日前か30日分の給料を払えば良いとあるので、そうしようとする。それでも、解雇権の乱用にはお咎めがあります。
労使見解には、労使関係とは一定の雇用関係であると同時に、現代においてはこれを軸にして生じた社会的関係でもあると定義づけています。つまり、雇用関係だけなら労働法に抵触しないし、そうしなければならない理由があれば解雇をしても良いが、社会的関係と捉えると、それだけではすまなくなります。
中小企業は地域の人を社員として雇用しています。同じ地域社会、、滋賀、日本、世界を構成している仲間が、わが社で働いてくれているという社会的な関係があります。
そうすると、経営が苦しいから法に則って「はい、さようなら」と考えることが出来るのでしょうか。世界を共に作っている仲間と思えば、苦しくても雇用を維持することに全力を集中する、たとえそれが無理でも再就職をどうするかまで考える。社会的関係とはそう言うことであり、人間尊重の経営を目的だと考える以上は、そういう事態にしないことは当然ですが、厳しい局面に至っても安易な解雇を行わない姿勢を貫くことが必要なのです。
結局、「手段」「目的」の、どちらかだけではないことは確かです。
最後に、「信仰」にしてしまっている人。
信仰とは絶対者に対する合一的な態度です。労使見解がそうなってはいけません。だって、労使見解には答えは書いていませんから。そのかわり、一文一文が重いんです。そこを読み解き、いかす能力が問われます。
例えば先に紹介した「人間尊重の経営」ですが、旧の「同友会運動の発展のために」には「個人の尊重」と定義づけられていました。新版にはそれが見当たりません。そこで、「人」と「個人」と言うことを考えてみましょう。
「人」とは「人一般」としては捉えられない存在です。それを理想の「人一般」で定義づけてしまい、異質を認めないような条文に変える憲法改訂案が出されています。大事な視点は、欠点もある「個人」が社会を構成していることが自然な姿であり、そこに社会発展の推進力があると捉えることです。だから現憲法は国民の権利として「個人」を尊重すると定めています。「個人」とどのように向き合うかがキーワードであり、人間尊重の経営も、そこが要です。信仰にしていては、そういうことにまで考えが及ばないでしょう。
皆さんの経営指針書の中にも、人間尊重を目指して、こういう経営をしてゆきたいというご自身の姿勢、メッセージがビンビンと伝わって来るには、わが社において個人をどう尊重していくかを明確に定めることが大切になります。
社員は幸せにしてやるもの?
アメリカの臨床心理学者フレデリック・ハーズバーグは、社員さんの満足を衛生要因+動機づけ要因の理論を提唱しましたが、これは重要なことです。
経営理念には「こういう会社を目指す」ということが出発点になりますが、社員さんは「いやぁ、カンニンしてください」ということが多いのです。
一人ひとりの社員が達成感、成長感を持っていくことが理想ですから、社員と共に経営理念やそれを補足するものをテキストにして、共に学んでいくことが決定的に必要となります。朝礼や飲み会だけではたらないのです。そういうことと、経営者が率先して労働環境を整備し、働きやすい職場づくりに向けて時具体的に努力していくことが重要です。
「人間尊重の経営」では、儲けることはいけないこと?
労使見解には経営者は企業の全機能をフルに発揮させて、利益を確保すると書かれています。
利益を出すことについては、3つの考え方があると思います。
上場企業は株主価値の最大化のための利益を位置づけます。個人の金儲けのために、株を売り買いし、株価を上げるのが投資家の最大の命題です。
利益を経営者と社員が食うために位置づけている会社は、多少の赤字でも「食えれば良い」となり、チョット儲かれば、浪費してしまいます。
同友会は、わが社の理念の実現を目指し、理想の会社、地域住民と国民の幸福目指してなにをしていくか、働いてゆくのかを考えています。そのために利益が必要なのだと考えています。だから、利益を出すことは絶対条件なのです。
ただし、どのような志があっても、同友会らしいやる方で利益追求することは言うまでもありません。
社員のチョットした言葉や態度に腹が立つことがあります。「人間尊重の経営」では、こんな場合も我慢しなければならないのでしょうか?
「労使の矛盾や紛争がまったくなくなることはありません」(労使見解5ページ)。
個人とは、自分がかわいいし、自分がいちばんです。そう言う生き物だから、矛盾があります。これをどう克服するかはとても重要なことですが、労使見解には答えは書いてありません。
経営指針書には単年度の計画を立てます。これを社員一人ひとりに降ろして、個人の単年度計画を作ってもらいます。これを中期計画と経営理念とに串刺しになるようにしていくことです。そうなると、目先の社員の短所に、キリキリしなくてすみます。「何のために」「いつまでに」「誰が」「何をするのか」をちゃんと作っていれば、大丈夫です。
「仕事」と「作業」について
作業とは「1+1=2」でマニュアルの世界です。でも、これが出来ないと会社として存立できません。「1+1=3→4→5→6」にするのが経営者の仕事です。これは大変だから、経営者も「1+1=2」の作業をいつまでもやっているのです。これは思い違いです。
「1+1=2」の作業は、人を雇ってやってもらうことです。そうすれば、雇用も増えます。
人間尊重の経営は、労使見解の精神で社員と共に育つ経営です。教育訓練にお金をちゃんと遣うことも大切です。
1000人以上の会社は社員の教育に月1469円遣っているという調査があります。いわんや、わが社なら最低でも月1500円はかけないと追いつきません。そういうこともしないで、社員に自発性や創造性を求めていくことは、経営者の責任を果たしていないと言えるでしょう。
(記 M・H)