2019年3月28日の滋賀県中小企業家同友会第5回政策委員会では、最賃問題を討議しました。以下に討議資料を公開いたします。
なお、あくまで学習討議資料ですので、滋賀同友会としての正式な見解ではないこをご了承お願いいたします。
※中小企業や地域社会を取り巻く政策的課題を掘り起こし、中小企業と地域の暮らし目線で検証し提言する、政策委員会の活動に関心をお持ちの方は、是非とも滋賀県中小企業家同友会の仲間になっていただき、政策委員会へご参加下さい。お問合せは事務局 TEL 077(561)5333 まで。
第5回 滋賀県中小企業家同友会政策委員会学習討議資料 2019.03.18
最賃1500円に関して
〇「経済政策」としての最賃1500円
・今、先進国では、デフレを克服し経済の好循環を実現するための政策が重要視されている。中でも、 最低賃金の引き上げによる効果が注目されている。
・最賃は「貧困救済」「格差是正」のための社会政策でもあるが、ここでは「経済政策」の一環として検 討する。
・生産性と最低賃金との間には、強い相関関係があり、これまで、生産性が高くなれば所得水準が上がり、最低賃金も引き上げられてきた。最低賃金の上昇は、生産性向上の結果だった。しかし、今はまったく逆の発想、つまり最低賃金を「経済政策」と位置づける傾向が強くなっている。生産性と最低賃金に強い相関関係があるのであれば、最低賃金を引き上げたら、生産性も向上させられるのではないか。
・コンサルティング会社のマッキンゼーの分析によると、過去50年間、世界の経済成長率は年平均3.6%だった。経済成長率は人口増加要因と生産性向上要因に分けて見ることができる。過去50年の3.6%という成長率は、人口増加要因と生産性向上要因、それぞれによるものが1.8%ずつだった。しかし、これからの50年間は、人口増加要因による成長が0.3%まで下がる。生産性向上要因による成長率が今までと同じ1.8%で推移すると仮定すると、世界経済の成長率は2.1%まで下がる。その結果、生産性向上要因への経済成長の依存度が、これまでの50%から86%まで急上昇する。要するに、人口が増加すると、何もしなくても経済は勝手に成長し、政府の税収も伸びる。政府は、人口増加という数の力によって、高齢化により増加する社会保障の負担を捻出することも可能。このような状況下であれば、政府は賃金など、民間企業の経営に口を出す必要はない。しかし、人口増加要因による経済成長率が低下すると、政府は生産性向上に注目し始める。一方、日本のように人口が減少すると、人口増加要因は経済成長率にマイナスに作用する。経済成長率が下がれば、国は社会保障費をはじめ、高齢化によって増え続ける各種の負担分を捻出するためには、生産性を向上させなければならない。何もしなくても自然と生産性が上がるのならいいが、人口増加による経済成長と違い、生産性にはそのような都合のいいことは起きない。国が主導し、生産性を高めるための政策を打つ必要がある。最低賃金と生産性の相関関係の強さに注目が集まるようになったのは、生産性向上に有効な方法を探した結果。
〇イギリスの事例
イギリスは1999年に最低賃金を導入した。実は1993年からの6年間は、イギリスには最低賃金が存在しておらず最低賃金導入による経済効果を研究するためには格好の、雑音のないデータが手に入るという好条件がそろっていた。イギリスでは最低賃金の導入により、予想以上に大きな成果が生まれた。1999年から2018年まで、毎年平均4.17%も最低賃金が引き上げられ続け、最低賃金は実に2.2倍になったにもかかわらず、インフレには大きな悪影響もなく、生産性も上昇した。2018年6月の失業率は4.0%で、1975年以降の最低水準。1971年から2018年までの平均である7.04%を大きく下回った。
一方韓国では2017年に16%の最賃引き上げを行い、失業者の増加が起こっている。最低賃金をうまく引き上げれば、失業率は下がる事例が多く、上がる例は比較的少数派。最低賃金を賢く引き上げ、経営者がパニックにはならず、ショックを与える程度に引き上げるのが効果的だ。アメリカのある分析によると、12%以上の引き上げは危険な水準であるとされている。
〇人口減少・高齢化の克服
金融緩和が機能せず、財政出動も中途半端、成長戦略はそもそも政治が出来る仕事ではないことが判明した今、日本経済の好循環を回復させるためには、賃上げによって個人所得を増加させるしかない。国民の所得を増加させるためには、最低賃金の継続的な引き上げが極めて重要。(正社員のベースアップよりも?)今の日本の経営者の多くは、人件費をコストと捉えて、下げることばかり考えています。しかし人口が減少しているときに人件費を下げるのはご法度です。人口が減る中で人件費が下がれば、個人消費総額が減り、回り回って結局は経営者自身の首を絞めることにもなるのです。
計算の上では、人口減少による悪影響がもっとも大きい2040年まで、毎年約5%ずつ最低賃金を上げていけば、経済は1%ずつ成長することになります。
〇日本の最賃制度の特徴
1つは、その額が低いこと。現在、地域別最賃の全国加重平均は848円だが、フルタイム労働者の平均賃金(中央値)の約40%にすぎず、OECD諸国では最低レベルだ。ちなみにフランスは60%、イギリス、ドイツ、韓国が50%前後。アメリカは日本よりも低いが、これは連邦最賃の金額であり、過半数の州ではそれを上回る州別最賃が設定されている。
これは日本の最賃制度の始まりにも関係する。戦後の高度成長期にILOや米国からの「ソーシャルダンピング」批判などの外圧に対応し、かつ国内企業の人手不足=賃金の高騰に対処するために1959年に「中卒初任給協定」として策定され、同年「最低賃金法」が成立した。
2つめは、諸外国の最賃は全国一律の金額であるのに対し、日本は地域(都道府県)別に設定され、その差が大きいこと。全国加重平均を超えているのは7都府県にすぎず、いまだ700円台の県が32もある。
3点目には「家計補助」論がある。主婦パート、学生アルバイト労働が、世帯の家計を主に担う労働ではなく「家計補助」のための労働であり、労働者本人が暮らせる額である必要はないという議論。「同一労働同一賃金」とは相反する場合がある。
〇なぜ、諸外国では高い水準の最賃が可能なのか?
制度の設計が日本とは異なっているから。例えばイギリスでは、成人の一般労働者の最賃を全国一律で定めた上で、年齢や訓練期間中などの「属性」による例外規定を設けている。4つの年齢区分ごとに最賃が決められ、18歳から20歳では25歳以上の約75%、訓練期間中は最初の半年間に限って50%以下の最賃が設定されている。スキルの乏しい人、若者や失業者にはまず仕事に就くことを優先しうる一方、一般成人の最賃は上げやすい。
また、最賃引き上げをシステム的に組み込んでいる国も多い。フランスは、物価や平均賃金が上がると自動的に最賃が上がる。イギリスは「2020年までにフルタイム労働者の平均賃金(中央値)の60%」という明確な数値目標を掲げ、段階的に引き上げている。
こうした政策の背景にあるのは、「最賃引き上げはみんなにメリットがある」という社会的コンセンサス。最賃引き上げは格差是正、消費拡大、さらには、担税力の強化につながる。つまり、税金を払う社会の支え手を増やしつつ、就労による自立が可能となることで社会保障費が減るという、広く社会の構成員へのメリットが共有されている。
〇全国一律最賃の是非
2018年度の最低賃金は最高の東京都(時給985円)と最低の鹿児島県(時給761円)で200円以上、1・29倍の格差がある。ちなみに全国平均は時給874円。そもそも最低賃金以前に、賃金水準(月給)にも地域差がある。’17年の賃金構造基本統計調査によれば、全国平均30・4万円、東京37・8万円、鹿児島24・9万円。格差は1・52倍と、最低賃金よりも格差が大きい。日本が最賃を「地域別」に設定する根拠として、まずは「平均賃金の違い」が挙げられるが、都道府県別の賃金分布を見ると、最賃プラスアルファ程度の時給で働く人がとても多い。むしろ最賃の低さが地域の平均賃金を引き下げているとも考えられる。次に、「生計費の違い」という根拠については、生計費を生活保護費と比較するだけで足りるか、検証が必要。(生計費(食料費、住居関係費、被服・履物費、雑費の合計)は、自治体の人事委員会が地方公務員給与の改定の際に参考資料として提出している。’18年4月では1人世帯で東京15・4万円、鹿児島12・5万円。格差は1・23倍と、最低賃金(時給)の格差と近似する。生計費を最低賃金時間額で割ると、生計費を稼ぐために必要な最低労働時間が算出されるが、東京では156時間、鹿児島では164時間)また、「使用者の支払能力の差」も根拠に挙げられる。しかし、データを見ると、「地域間格差」よりも企業規模や産業、職種による「地域内格差」のほうが大きい。いま「同一労働同一賃金」が政策スローガン化する中で、同じ仕事の時給が地域だけで大きく異なることに、説明がつくだろうか。
〇賃金政策と社会保障の役割分担
最賃1500円を目指す結果、企業の人件費負担能力の向上→生産性向上→販売価格の上昇は避けられないのではないか?その場合、最賃政策から漏れる、個人事業主、生活保護・年金受給者の問題が発生する。
〇現状はどうなのか?
★正社員・非正規社員。時給1500円に満たない労働者のボリュームは?(コストインパクト)
★日本は一人当たりの労働生産性がOECD加盟国の中で最低クラスで、過去20年間の名目賃金の推移では、欧米が2倍近く増加しているのに対して、日本だけが落ち込んでいる。
★金額ベースでは、大企業で働く勤労者の平均年収が740万円、中小企業で働く人たちの平均給与は年間380万、零細企業では280万。企業数の99㌫、中小零細企業は雇用者数の80㌫以上を占めているが、付加価値は40㌫程度。一人当たり人件費(2018年9月までの1年間)資本金10億以上712万、10億未満~1000万 446万(法人企業統計)
★主要国の賃金の推移
1996年の平均賃金は、467万円、2012年には408万
日本の国民所得の7割近くを占める雇用者報酬は、1995年を100とした時、2009年には90となっている。世界と比較するとアメリカ186、イギリス201、ドイツ121。グローバル競争の中で、消費購買力の源泉である雇用者報酬を下げているのは日本だけ。
★中小企業の労働分配率はすでに約80%と高い(大企業は61%。中小企業ではオーナー経営者の人件費も含まれる場合がある)
★最賃アップのためには、生産性の向上(売価のアップ、原価の低減)が必要だが・・・。
〇最賃1500円実現のために必要なこと
★14兆円弱が必要?(労働総研・「最低賃金1500円がつくる仕事と暮らし」175P)
★30年度予算98兆円。特別会計197兆円。(内、国債償還費等87.5兆円、社会保障給付費70.3兆円、地方交付税交付金等19.3兆円、財政融資資金への繰入れ12.0兆円)
★デジタル課税、中小企業の法人税実質負担率を大企業並みの10%程度に(現状20%程度)あるいは大企業優遇税制(研究開発減税、(海外子会社)配当益不算制、分離課税、タックスヘイブン税制等)の見直し。MMT(Modern Monetary Theory。S・ケルトン)仮説の是非。
★各社での最賃1500円でのインパクト計算(パート、非正規社員が多い方がインパクトが大きい?)
★発注企業と、サプライヤー間で、見積もり明細に基づく賃金原価の是正(買いたたき監視、便乗値上げ?)
★「官公需法」の厳正運用による一般競争入札主義の転換。
★上記に関する、法律・条令の整備。特に中小企業振興基本条例の内実化。
★ベーシックインカム(ナショナル・ミニマム)
★中小企業経営者内部での学習・議論
〇最賃1500円への具体的ステップ私案
正規社員 3423万 非正規 2036万 年金受給 4482万 生活保護 164万世帯
(上記は2017年度)
★最賃1500円を決定(厚労大臣、最賃審議会)ただし実施は、普及、対応のため1年後とする。
★各種制度の実施(最賃アップにより経営が困難化する可能性のある企業は、申請→補助金給付/おおよそ3年~5年を限度とし、雇調金支給に準じた申告を求める。当該企業経営者は教育を受ける義務が発生/原価低減、生産性向上、IT活用など。企業OBなどによる改善指導を受ける)
★厚労省の業務改善助成金の利用は700社(2017年度)
★物価値上がりが予想されるので年金受給者、生活保護受給者に対する救済措置検討。
★下請け法整備などにより下請け企業が発注元に対して最賃UPによる原価上昇を織り込んだ再見積もり提示→発注元は原則としてこれを受け入れなければならない。(公取による監視)
★同じく、販売業では最賃UPによる原価上昇を織り込んだ価格改定をしなければならない。
★非雇用の個人事業主(コンビニ、一人親方等)は、発注元やフランチャイザーと最賃に準じた再契約。
★上記の措置を続けて、年率8%程度の最賃Upで7年で1500円となる。
参考資料
日本人の勝算(D・アトキンソン)
最低賃金 1500円がつくる仕事と暮らし(後藤道夫)
不況は人災です(松尾匡)
特別会計への道案内(松浦武志)
企業数(万社) | 人口 | 1社当たり人口 | |
EU28 | 2160 | 506000000 | 23.4 |
アメリカ | 1820 | 310000000 | 17 |
日本 | 390 | 126330000 | 32.4 |
PDFデータ⇒①最賃1500円に関して