第5回政策委員会では「諸外国の中小企業政策から日本の課題を考える」をテーマに学習会を開催しました。以下にレポートを公開いたします。
2020年1月23日 滋賀同友会・政策委員会用 Lep By 宮川
1)なぜ世界各国で「中小企業政策」が採用されるのか?
・実態として、ほとんどの国で中小企業が、企業数、雇用数、GDP貢献率でマジョリティ。
・際限のないグローバリゼーションの結果、先進国、途上国を問わず国内中小企業や地域経済がダ メージを受け、(政府により操作されている)株価以外の国内経済指標が悪化している。
・世界各国で「中小企業政策」は存在するが「大企業政策」というものはない。あるいは国の経済政策全般=大企業政策ともいえる。世界的大企業+地域中小企業双方の総合的発展が国の企業政策に求められ、どちらか一方が犠牲になる経済政策は適切とは言えない。企業規模を限定した国 の政策関与が必要な理由は、効率的な資源配分が疎外されるから。例えば中小企業の財務状況の見えにくさを理由とした資金調達困難、教育、IT、技術支援など種々の企業サービスも大口案件が優先され小規模ニーズには十分応じない。サービス提供のための固定費は変わらないが、小規模ニーズでは売り上げが縮小せざるを得ない。(※2 104p)
・新産業、技術革新、基礎技術、伝統技術の担い手、雇用の受け皿、地域の発展の担い手としての期待。
2)EUの中小企業政策
「02年から08年にかけて中小企業の雇用は年率1.9%増加したのに対して、大企業は0.8%。絶対数で見ると中小企業において940万人の雇用が創出された。小規模企業によって創出される雇用数が大規模企業のそれを上回っている(07~10EU調査)また小規模企業と新規創業企業は急伸的なイノベーションにおいて優位を占め、多くの新機軸はたとえ不成功に終わっても、大企業による実現を容易にしている。また新規創業企業は5~8年先の雇用成長にプラスの効果をもたらしており、これらのプラス貢献は労働生産性や収益性に関しての大企業の優位を十二分にうわまわっている」(※4)
「08年の平均的企業規模は6~6.5人。従業員一人当たりの労働生産性は大企業で5.9万€(720万円)小規模企業で4.2万€(512万円」零細企業で3.2万€(390万円)※4
3)英国の中小企業政策
2010年代の英国の中小企業政策をみると、EUに先立って、①金融へのアクセスの改善(ス タートアップ・ローン等の英国ビジネス銀行の施策他)、②市場へのアクセスの改善(公共調 達への参入の簡素化やICTを利用したサービス輸出の支援)、③競争力・持続可能性のため の枠組みの改善(成長バウチャーによるマネジメント・スキルの向上と行政改革)、④起業家 精神の醸成(ICTの活用や産学官民連携による初等段階からの起業家教育、教育者等のスキ ル向上)等に加えて、⑤社会的企業への投資優遇税制が実施されてきた。従業員249人以下の企業で全就業者数の55%の雇用を担っており、総取引高の51%を占めている。(2001年)英国で実質的に中小企業政策が展開されたのは1980年代(サッチャー政権以降)とされる。新自由主義経済の展開による、国内企業の淘汰を受けて雇用の受け皿としての中小企業支援が行われた。その結果87年~90年には開業ブームが見られ、それまで10%を超えていた失業率も5%台に低下。しかし91年以降は景気後退と開廃業率の逆転が見られ失業率は再び10%台に。この時期は中小企業政策の位置づけが雇用創出、失業対策から競争・革新へと変化した。さらに93年をピークに失業率は再び低下している。(01年8月3.2%、19年1月では3.9%)企業開設手当制度(起業した者に週5600円程度を支給)中小企業信用保証制度、事業拡大制度などが実施された。
4)イタリアの中小企業政策
日本以上に中小零細企業の割合が高いイタリアでの奇跡的な経済発展が中小企業によって達成された。「第三のイタリア」(中部地域のエミリア=ロマーニャ州周辺)と呼ばれた地域に集積する中小企業が、地域内で分業体制を敷いて、緩やかなネットワークにより市場に製品を供給して高い成果を上げている。支援策は国よりも州レベルで実施されている。州レベルの政策も国の政策の踏襲ではなく、地域レベルでの中小企業の声を吸い上げる政策の実施を行うことが認識されている。地域分業構造では日本のような支配的資本が存在せず、コーディネート機能を有する中小企業が中心となった緩やかなネット―ワークが構築されている。「中小企業基本法」(1999年改訂)では自治体は地域の特性を踏まえた独自の中小企業政策を行うことができるとしている。(※3)
日本の中小企業は大企業と比較する生産性は明らかに低いことは、どのデータを見ても確認できる。イタリアでは規模別には、生産性の格差はほとんどない。大企業の競争力がないのは生産性が低いからである。日本の生産性はイタリアと比較すると6割強であるから、中小企業について生産性を比較すると、恐らく日本の中小企業はイタリアの中小企業の50%以下の生産性しか上げていないかもしれない。労働生産性(付加価値/労働時間)を見るとOECDの平均を100とすると、日本は80.3でイタリアは129.7(1994年)。
5)ドイツの中小企業政策
330万社の中小企業が、付加価値総額の57%を占め、雇用者全体の70%を受け入れている。「社会的市場経済」理念に基づく中小企業政策=競争から生ずる不公正を国家が是正し、経済の進行は市場にゆだねる」。ナチスの統制経済と戦後の荒廃により市場経済が十分機能しなかったことを背景として市場での自由な競争を保証するために障害を国家の責任において除去する。自由競争は一方でカルテルやトラスト、大企業による寡占化を生み競争を阻害する要因になる。中小企業の保護と育成は、自由競争の疎外要因への抵抗や除去につながるという考え方。(※3)
6)アメリカの中小企業政策
エコノミックガーデニングについて → 資料1
アメリカの中小企業は就業者の53%を雇用。GDPの51%を占め、雇用創出分の2/3を担う大きな存在。(1997年)
リーンベンティング・ガバメント(減税や規制緩和を図り、民間セクターを活性化させる一方で、行政組織をスリム化する。(デビット・オズボーン))政策によって、ハイテク産業を中心としたミニ経済圏が次々誕生し「ガゼル企業」が集中している。(シリコンバレー、ボストン128号周辺、ワシントン首都圏、シアトル、ソルトレークシティ、アリゾナ州フェニックス、コロラド州デンバー、テキサス州オースティン、などなど)
7)韓国の中小企業政策~「輸出中心から人中心へ」
中小企業庁が、中小ベンチャー企業部(日本の省に当たる)に昇格し大臣も置かれた。2017年雇用の88%を中小企業が担っている。中小企業政策の立案・推進を統合。昇格により職員が80名増の430名になり、予算は1兆円(2019年度。前年比15.9%増)中央省庁で最大の増加。
政策の柱
①伝統的製造業では、スマート製造革新で競争力を高める
②ベンチャー企業、新産業創出支援。
③小規模企業の革新とコスト削減支援
④大企業の協力要請
→ 「懲罰的損害賠償制度」不公正取引で中小企業が損害を受けた場合、3倍の損害賠償。
中小企業の知財を守るため、秘密保持契約の義務化。
<仕事安定賃金>最賃引き上げにあたっての中小企業支援策
従業員30人未満の企業に対し、月給20.7万未満の従業員には1.3~1.5万円を支給。2018年度実績では65万社(264万人)の雇用増、雇用保険への加入促進効果があった。
<明日充たし共済>若者の資産形成支援。
中小企業の若者が一定金額を積み立てると政府補助が付き、2年で160万、3年で300万の資産形成が可能。2018年度10万人が加入。
<ドルヌリ事業>雇用保険、国民年金加入促進
10人未満の企業で月給21万円以下の従業員と事業主。新規加入者は4人以下企業で保険料の90%、5~9人で80%を国が補填。期間は3年が上限。18年度211万人が利用。
<その他> クレジットカードの手数料見直しで普及に促進。
背景には中小企業中央会など中小企業団体の取り組み、国民多数の合意があった。
(中小企業家しんぶん 2019年7月15日 1478号)
8)台湾の中小企業政策
1998年のアジア通貨危機時点で、台湾経済は唯一好調であった。
★タイ、インドネシア、韓国はIMF管理下に
台湾経済は中小企業中心に動いている。輸出額に占める中小企業の比率は、1982 年の 69.7% から 1997 年の 48.8% に低下した。しかし、同じ期間の中小企業の輸出額は 3.8 倍の増加を見せた。中小企業の製造業生産・輸出に占める比率は 87 年の 70.8% から 96 年には 52.5% まで低下した。しかし、一部の中小企業が本来のような労働集約型産業を中心とする生産パターンから、資本財・中間財の生産パターンへと転換し、生産を拡大している。すなわち、中小企業と大型企業との分業ネットワーク生産体制は,近年変わりつつある日本の「下請制」のような取引間の関係構造と違って、それぞれの独立性が高く、分業ネットワーク状態となっている。(陳振雄 高崎経済大学地域政策学部非常勤講師)
台湾は我が国と同様に中小企業政策が体系的に実施されている。日本の政策を台湾の事情を含めたうえで熱心に取り入れ、今日では中小企業政策先進国となっている。特に政策実施機関の職員が中小企業支援のプロであり、政府施策を実情に合わせてかなり柔軟に使いこなしている。また中小企業処が中小企業者にとって身近な存在であり、政策の普及に処長自ら先頭に立って努力している。(※3 96~102P)
9)まとめと日本の中小企業政策に求められること
「中小企業基本法」(99年改正)は第6条で地方公共団体の施策の策定と実施の責務を命じている。従来は「国の施策に準じた施策を講じる」ことを求められ、地域の中小企業の要望を聞くことより、国の下請け機関として機能していたが、諸国の先進事例を踏まえた正しい方針と言えるだろう。そのための出発点が「中小企業振興基本条例」の制定であり、それに基づく悉皆調査+振興会議の3点セットと言える。そのためには同友会をはじめとした中企業家の団体は、条例の制定をはじめとした3点セットの要求を掲げるとともに、自ら地域と中小企業の振興に向けた適切な要望、ビジョンの策定を急がなければならない。
資料ー1
アメリカの2006年中小企業白書に紹介された「エコノミック・ガーデニング」と呼ばれる地域活性化手法が日本で注目され始めています。これは、地元の産業を成長させる手法のことで、具体的には、成長意欲がある地場の中小企業に対して、公的機関が中心となって市場調査やマーケッティングの支援、コンサルティングを行ったり、あるいは、大企業が教師となって中小企業を育成するもの。
これまでの経済活性化の手法は、大企業を誘致して雇用と税収を拡大することが一般的でしたが、企業誘致は、用地の整備や補助金の提供、法人税の優遇など、受け入れる自治体に負担がかかり、さらには、経済優遇により受けいれた企業誘致では、他に好条件の受け入れ先が出てくれば、企業はそちらに目を向けてしまうリスクがありました。エコノミック・ガーデニングは、こうした従来型の企業誘致を補完する役割として、内部からの成長を促すものです。
エコノミック・ガーデンニングは、アメリカのコロラド州リトルトンという人口4万人程度の小さな市で始まったものです。リトルトンでは市最大の雇用を持つ企業が転出したことを機に、この手法に取り組み、その結果、1989年から17年間で、リトルトンの雇用数は年間1万5千人から3万5千人に倍増しています。また、この期間における市の人口は30%増加し、さらに企業の売り上げ税収は約3倍に伸びています。
リトルトンの場合、市内の多くの企業が従業員10人未満、年商20万ドル以下であり、こうした企業のうち、成長が期待でき、かつ周辺の企業にも成果が波及するような企業=「良い種」を選定されました。その上で、企業が望む「自社製品・サービスの売り上げ増加、市場シェアの改善、新規市場の開拓に結びつく情報」を提供されました。公的な機関がワンストップで情報を企業へ提供できる体制を整えたというわけです。
日本でも地域に存在する中小企業支援センターでは、ワンストップでこうした情報や支援のためのアドバイス提供などを行っているものの、アメリカの場合のように地域が自らの手で支援機関として活動を行うという仕組みとは若干異なっています。つまり、地域が経済活動の主導権を握れるようインセンティブを与えていける仕組み、言い換えれば『情報のプラットホーム」を構築することが重要です。
こうした取り組みにより、地域ブランドも推進されます。中小企業支援をしっかりと行っている地域、基盤が強い中小企業の集積地というイメージが定着すれば、大手からの受注増や、企業誘致の新たなインセンティブになることも期待できます。従来の企業誘致を否定するのではなく、アウトサイド・イン戦略と、エコノミック・ガーデニングに象徴されるインサイド・アウトの成長戦略のバランスを図っていくことが重要です。
エコノミック・ガーデニングの具体的な方法として、そのほかにも地域の大企業が中小企業を育成する活性化プログラムである「メンター・プロテジェ」などについても紹介されておりました。ちなみにメンターは助言者・師匠などの意味で、プロテジェは弟子を意味する言葉です。
従来の大企業誘致型の地域産業創出でもなく、かといってシリコンバレー型の大規模なテクノロジー産業創出でもない、地域内での中小規模の根付く事業を育てる手法という位置づけです。
米国では1930 年代から大規模なインフラ整備、安い労働力、金銭的なインセンティヴを元に大企業の工場誘致を行い、雇用を創出という方法が地方都市での一般的な経済開発となってきました。これを”Outside-in”(外から内へ)という呼び方をしています。
その後1980 年代からは、シリコンバレー、ルート128 の成功を背景に新規技術開発をベースにした”tech fever”(技術熱)、1990 年代にはバイオ技術などの第二次技術熱、というトレンドがあったと指摘しています。しかしながら、これらの”inside-out”(内から外へ)という成功は、一部の大都市や大学町などだけで成立するもので、それより小規模なまちでは中々難しいものだった、という見方がされています。
そこでリトルトンでの試みは、
1)着実な経済成長の信念に基づいている
2)従来必要とされた公共投資よりも僅かな投資で済む
3)第二次、第三次段階にある企業の急成長にフォーカスしている
4)成功産業のみの摘み取りをするのではなく、多様なセクターにおける全ての規模の企業成長がなされることで成功として考えるといったところが評価されています。
結果として、リトルトンの1990-2005 年までの雇用増率は135%増加し、米国平均の21.4%を大きく上回る成果を上げています。
具体的な手法としては、コミュニティビジネスを起業する人々を如何なる支援をするべきなのか、という内容です。支援の主軸は、
1)Infrastructure サポートに必要なコミュニティ資産の用意(道路、教育、文化施設)
2)Connectivity
事業者間や仲介業者などの交換の場の用意(取引グループ、公共サポーター、研究所)
3)Market Information 市場競争に関する調査資料、消費者、競合企業の成功モデル。
を指摘しています。
さらにエコノミックガーデニングの成功から得られた内容として、地域産業育成には、「明確なニーズの特定」「中長期の視点」「起業家的な風潮の創出」「長期的な成功者を明確にする」が必要であるようです。
リトルトン以外でもオークランド、サンタフェ、マディソン、シャイアンなどでも取り組みが行われて、一定の成果をあげ始めているとのことです。
何よりこのような地域事業の支援方法が「エコノミック・ガーデニング・プログラム」として体系づけられて広げられている点が興味深いです。
基本的にはコミュニティビジネスオーナーたちに、一般企業が持つ間接費用と取り扱われるような企画業務や他社との提携や業界組織を適切に作り、必要な分析資料やコンサルティングを無料・もしくは安く利用させています。どうしても日々の業務ばかりで戦略などが場当たり的になってしまうとこをしっかりとフォローすることが成長の如何を分けるという考え方だと思います。このような中小企業が削減しがちな間接コストを地域特性をしっかり踏まえて、各地域内で仕組みを作って提供していくことが重要であると指摘しています。誘致型の産業はいつ離脱してしまうか分からない、大成功を求めるシリコンバレー的な取り組みは成功そのものがゼロサムとなってしまう。大成功もないが、いつかゼロになってしまうこともない、中小規模の取り組みを各成功ステージに向けて適切に支援をしていく。米国でこのような着実な経済開発手法が広がりつつあることは非常に興味深いことです。
※1 米国地域産業振興と中小企業(中小企業事業団NY事務所 1997)
※2 ラテンアメリカの中小企業(アジア経済研究所 2015)
※3 中小企業政策の国際比較(福島久一 2002)
※4 ヨーロッパ中小企業白書2009
※5 アメリカ中小企業白書 2006
※6 地方経済を救う エコノミックガーデニング(山本尚史 2010)
※7 中小企業憲章ヨーロッパ視察報告 2008