滋賀県中小企業家同友会

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「デービッド・アトキンソン氏著「日本人の勝算」のいくつかの論点を批判的に検討するPart1」~政策委員会~

政策委員会 委員会レポート

2020年度 第5回 政策委員会が10月26日(月)16:00~17:30までZoomにて開催され、8人が参加しました。
今回の委員会学習会は、「デービッド・アトキンソン氏著「日本人の勝算」のいくつかの論点を批判的に検討するPart1」をテーマに、政策委員会顧問の宮川卓也さんより概要以下の通り問題提起をしていただきました。

「日本人の勝算」のいくつかの論点と批判的検討

?そもそも「デフレ」は悪なのか? デフレスパイラルが訪れる可能性が高い??(※12 19P)
安倍前首相はデフレ脱却を掲げて、いわゆるアベノミクスを進めてきました。しかしそもそもデフレは悪いことなのかについては、実は様々な異論があります。
★デフレとは「日用品やサービスの値段(物価)が全体的に下がる現象。つまり、モノに対して、貨幣の価値が上がっていく状態を指す。デフレになるとモノが売れず不景気になり、企業の業績は悪化し、従業員の給与が減ったり、リストラにより失業者が増えると考えられる。そうなると所得が減るため、消費者は消費を控えるようになり、貨幣価値が上がるため、借金をしている人は負担が重くなる。そこで、さらに企業はモノの価格を下げるなど悪循環(デフレスパイラル)が発生しやすい状態と言える。1998年に、日本経済を金融不安が蔓延していて、景気が一気に冷え込んだ。この頃からデフレの状況が続いている。(BNPパリバ証券東京支店投資部長 島本幸治)
デフレになると一般的には金利が上昇し金の借り手が不利、貸し手が有利になる。実は最大の貸し手は国民(預金、保険、年金など)であり、最大の借り手は政府や大企業です。政府の借金は言うに及ばず、民間銀行の貸し出し残高約500兆円、このうち住宅ローン残高30%前後。つまり70%は企業等への貸し出し。ちなみに預金残高は800兆円程度。年金は本来インフレに連動して上がるはずでしたが、マクロ経済スライドによって目減りさせられます。また借金の金利上昇は困るので、政府・日銀は異例の金融緩和で金利を低く抑えています。
つまり、デフレスパイラルが問題なのであって、デフレそのものは国民全体にとって悪いことではない。

?人口減少、高齢化はデフレの主原因と言えるのか?
高齢化によるデフレ圧力が高まり・・人口減少によるデフレ圧力がますます深刻化(※12 19P)
「IMFが2014年に発表した(IDCM)では、人口増加はインフレ率を大きく引き上げると断言。人口が減ると当然デフレ圧力がかかるという理屈が成立するでしょう」(※12 26P)

★日本では人口の減少は2016年からすでに始まっており、1970年には高齢化社会(人口に占める65歳以上の割合が7%を超えている状態)になり、1994年には高齢化率は14%を超え、高齢社会を迎えた。2007年にはついに高齢化率が21%を超え、「超高齢社会」を迎えた。
それでもデフレで懸念される物価の継続的な下落(GDPデフレータでは12~3年にマイナスとなっているが、こちらは輸入品の価格が反映されない。輸入品価格が繁栄する消費者物価指数(CPI)では1991年以降一度もマイナスになっていない)→企業業績の悪化(中小企業は増税などで業績悪化しているが、大企業は1年で22兆も内部留保を増加)→雇用・収入の減少(非正規化の問題はあるがコロナ以前では求人は活発)→販売不振→継続的な物価の下落(消費者物価指数はマイナスになっていない)つまり、いわゆるデフレスパイラルは起こっていない、すでに少子化・高齢化が始まり、進行している日本でデフレスパイラルが起こっていないことは世界でも注目されている。(MMT論のきっかけ)、必要以上のデフレ危機強調の中で、貸し手(国民)が損をし、借り手(政府・大企業)が得をするインフレ誘導政策が主張され、推進されているのはどうなのか? またアトキンソン流の危機感強調は政策のミスリードを招くのではないか?

★2019年平均の雇用者数は5,660万人(役員を除く)。そのうち正規の職員・従業員数は3,494万人で、前年から18万人増。非正規の職員・従業員数は2,165万人で、こちらは前年から45万人増となった。つまり雇用面でデフレスパイラルの傾向はない。
★高齢者への介護、医療、その他のサービスは、それぞれ立派な「需要」である。需要があるということは、これに、供給をつなげていけば、デフレ要因になるとは言えない。
★高齢化・少子化のために労働力人口が減少し供給力が抑制されるので、経済全体の需要と供給の関係から、どちらかと言えばインフレを引き起こす懸念のほうが大きいと予測されるという説もある。


?中小企業の生産性が低い?

★アトキンソン氏は、生産性を自説の主要な尺度として議論しています。しかし労働生産性 = 付加価値総額÷労働者数(86P)、生産性は「1人あたりのGDP」(133P)とのみ述べているだけです。実は「生産性」という概念は極めて不正確な部分があります。
★現在も生産性に関しては、直接データをとることはできず、既存のデータから各人が推計する(※11 23P)全要素生産性についてはJIPデータベースを使用することもできる(※11 60P,
96P)
★GDPは為替変動に影響される=2007年~11年は日本のGDPは1兆5000億ドル増加。中国に次いで世界2位。円ベースでは5155810億円→4914080億円。この間ドル円は117.7円→79.8円。つまり円ベースのGDPでは減少したが、円高になったので国際比較では増加したように見える。(※4 111P)
★日本の生産性は1995年から2015年までの間、もっとも低迷していました。 この期間を経た結果、日本の生産性のランキングは世界第28位になってしまいました。(※7  452)ドル円94円→121円。つまり円安に振れた場合は、円ベースでGDPが増えても、為替で相殺されてしまい相対的に下がる。(名目GDP 512兆円→531、実質GDP 437→517)
★この20年間(1995年~2016年)、日本の労働生産性は上昇しているのに、一人当たりGDPが低下しているのには理由がある、一つは「国民経済計算」(一人当たりGDP)は米ドルに換算されているため円が安くなると、米ドル換算の所得は低下する。(※11  46P)
★サービス業はOECD加盟国のGDPの3分の2以上を占めているが、サービス業のGDPは測定しにくい(※10 88P)
★日本生産性本部では2009年と2016年の2回、日米のサービスの質と価格に関する調査を実施している。2016年の調査では、米国で1年以上滞在した日本人と、日本で1年以上滞在した米国人約500人づつを対象に、ホテル、鉄道、コンビニ、百貨店、宅配便、タクシーなど29種類のサービスの質と価格について調べた。その結果、両国の回答者が日本のサービスの方が質が高いと回答し、これを生産性計算に加味すると日米のサービス業における労働生産性ギャップは10~20%縮小した。(※11 54P)
★「生産性」の分子のGDPについては、さらに”買いたたき”の問題がある。自社の製品・サービスが協業他社と比較して「大きく優位」「やや優位」と答えた企業の内、それが価格に反映されていないと答えた企業が50.3%、中でもBtoB企業では51.9%とBtoC企業の41.9%より10%多い。(2020年中小企業白書)またBtoBの企業では、コスト変動を価格に転化できなかった、一部しかできなかった企業が80%以上(※3 Ⅱー147)。この買いたたいた分で大企業は輸出価格を低く押されたり、利益→配当に回したりしている。アトキンソン氏はこの件に関して幾つか逃げているが・・・「搾取のある業種の生産性が低いということはない⇔何と比較して高い低いと言っているのか不明」「この業種と全業種を比べても差がない⇔もともと製造業とサービス業などには生産性の差があるので比べることはできない」「製造業・建設業の付加価値は35%だからすべての中小企業の生産性の低さの説明にはならない⇔大企業による買いたたきだけが問題だと言う人はいない」「中小企業から買いたたいた分は~国全体の生産性には影響がない⇔?確か日本全体の一人当たり生産性(GDP)が低いのではなかったのか?」「企業が小さいから生産性が低い、小さいから搾取される⇔???」(※7 129P)

ここまで問題提起されたあと、参加者で意見交換を行いました。
デフレは経済循環の中で必然的に起こる現象であり、デフレそのものがが悪なのではなくて、デフレスパイラルに陥ることの問題があること。戦後から現在に至るまでデフレスパイラルという局面には日本は至っていないこと。生産性という不確定な概念を持って、ものの善し悪しを一面的に判断することに対する危うさについても考えさせられました。

第2回目は11月25日(水)16:00-17:30までZoomにて開催します。
次回は中小企業の生産性は本当に低いのか、零細企業と中小企業の経営者の経営能力が低いという主張に帯する見解なぢ、アトキンソン氏が提唱するの中小企業不要論に迫ってゆきます。
参加ご希望の方は滋賀県中小企業家同友会事務局までお問い合わせ下さい。

以下・文中引用の参考文献
※1 強欲「奴隷国家」からの脱却 浜矩子
※2 日経ビジネス 2019・11・25号
※3 2020年中小企業・小規模企業白書
※4 デフレ救国論 増田悦佐
※5 「中小企業は進化する」 中沢孝夫
※6 日本の国難 中原圭介
※7 日本企業の勝算(電子版) デービッド・アトキンソン
※8 ヨーロッパ中小企業白書2009
※9 日本社会のしくみ 小熊英二
※10 GDP ダイアン・コイル
※11 生産性とは何か 宮川努
※12 日本人の勝算 デービット・アトキンソン
※13 フレキシキュリティ=フレキシビリティ(柔軟性)とセキュリティ(生活保障)を組み合わせた造語。「労働市場の柔軟性」と「労働者の生活保障」の矛盾する二つを両立させようと言う試み。特にデンマーク型のフレキシキュリティが有名。デンマークは以前は失業率が10㌫を越えていた。その対策として1990年代半ばから教育訓練を充実させ、同時に失業して一定期間経つと教育訓練を受けないと、失業給付をもらえない仕組みにした。EUは2007年にその導入を各国に奨励。デンマークが労働市場政策に投入している公費はGDPの4.5㌫。(日本は0.6㌫)